マルグリートは「すべての魔法少女を救いたい」と願って魔法少女になり、「助けて」と押し寄せる灰色の少女たちに、一人一人異なる姿・色・名前を与えていく。
これってつまり「無名・匿名の弱い個」が「固有名を持つ中心的な強い個」の承認によってアイデンティティを獲得するって話なんだよ。
これを配信文化に置き換えると、大勢の視聴者の中から「私を見てほしい」「私をその他大勢ではなく一人の人間として認識してほしい」と強く自己を可視化する高額スパチャを、配信者が一つずつ拾い、名前を呼んで認知していく構造に似ている。
しかし、マルグリートのもとにはあまりにも多くの「助けて」が殺到する。全員を救い、全員を一人の「個」として扱おうとした結果、今度はマルグリート自身の個が物量に押し潰され、最後には「複数の魔女の集合体」であるワルプルギスの夜へと変わってしまう。
Vtuberにたとえるなら、視聴者一人一人の要求に応え、名前を読み、期待される振る舞いを返し続けているうちに、それだけで配信が埋め尽くされ、ついには「自分は本当は何をやりたかったのか」まで視聴者の要求に食われてしまった状態に近い。
無数の他人を一人一人「個」として認識し続けようとした結果、その物量に押し潰されて、中心人物自身の「個」が消える。
これは単なるこじつけとも言い切れない。実際のVTuber研究でも、プロ/セミプロのVが「中の人」の自己表現より、キャラクター設定や視聴者がそのキャラクターに期待する振る舞いへ自分を合わせていく現象が報告されている。あるVTuberは当初「歴史の話が好きな古代の姫」という設定だったが、視聴者を増やすため歴史の話を減らし、ダンスを増やしていったという。研究者はこれを、現実の自己を表現することから、視聴者の期待に沿った仮想的な自己を演じることへの変化として論じている。
https://journals.sagepub.com/doi/full/10.1177/20594364251350656他者から求められる「姿」を演じ、他者を認知し続けた結果、自分自身がその役割と群衆に飲み込まれる。
人間から魔法少女となり、やがて「すべての魔法少女を救う存在」という役割そのものに呑まれていくマルグリートには、この構造がかなり重なって見える。斎藤千和『まどマギ』“魔法少女グループLINE”の存在明かす 舞台あいさつでスタッフから褒められ「グループで伝えよう!(笑)」
https://news.yahoo.co.jp/articles/09b9c9937f4eb77909c7841fc3ddbb8a510f9ecc
はい論破
もう見たけどさ
それから20年以上経った『廻天』では、灰色の少女たちは記号を奪い合わない。
中心にいる一人から名前と姿を与えられ、「あなたはあなたである」と承認されることで個になる。
2000年代にはアイデンティティは奪い取るものだったが、2020年代には他者から認知されることで獲得するものになった――と読むこともできる。
何者かになろうとしなくていい
面白いね
推し文化とか俺には全く理解出来ないんだけど、奴らは推しの対象を推すことで承認欲求を満たしてるってことか
うむ
>>22
だろ
なるほどなー(^ω^)
1で書いてるように視聴の願いや希望というニーズに合わせていくうちに変様していく(=「複数の視聴者らの集合体」)
そしてインフルエンサーとしての猛威を奮い、時に大炎上を起こす=ワルプルギスの夜という意味で近しい所はあると思う



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